Vol.3 The Dark Side Of The Moon PINK FLOYD 1973
15年間もチャートイン、難解なフリして
実に聴きやすいモンスターアルバム。
狂気/ピンク・フロイド
全米チャート200位内に741週、1973年から15年間チャートインしただけでも偉大なのであるが、たとえ大ヒットしなかったとしても、ポピュラー音楽史上大傑作と呼ばれたと思う。
特徴ともいえる、曲が切れ目なく続く組曲的構成、文学的な詞、電子音やサウンドエフェクトを駆使した凝った音のデザインとくれば、小難しく近寄りがたいと思われるが、聴いてみると「狂気」というタイトルとはまったく正反対の心地よさに包まれ、いつの間にかその世界に引き込まれる。
歯切れの良いギターリフや身体を突き上げるリズムといったロックンロールの高揚感はない。その代わりに牧歌的な穏やかさのある美しいメロディ、緩急のあるドラマティックな展開、時々顔を出しカッコいいギターやシンセ、エモーショナルな女性コーラス、分かりやすさ、ジャズやゴスペルの隠し味がバランスよく配分された、完成度の高い楽曲が並ぶ。捨て曲も、安易にとか適当にやった部分も無く、みな練りに練られた感がある。
はじめて聴いたのは高校生の時、こんなロックもあるのかと感動したものだ。出だしこそ緊張や不穏を感じさせる部分もあるが、陰鬱めいたことは無く、終盤には爽快感さえ漂う。なんだか面白いミュージカルを観たような気分になる。
「狂気」がリリースされたのは1973年3月だが、原型といえる初期バージョンは、72年のはじめからライブで演奏されていた。ピンク・フロイドといえば、綿密なスタジオワークで曲作りを行うという思い込みがあったので、ライブで試行錯誤を繰り返し、完成度を高めていったことに驚いたものである。
生物が進化するように変化していった「狂気」は、原型バージョンと比べて、大きく変わったようで、ずいぶんと分かりやすくポップになったという。歌詞にしてもラブソングではないし、文学的な表現で抽象的であるが分かりやすく、金や老いなど誰もが思う普遍的な悩みについてである。
この分かりやすさが、モンスターヒットの大きな原因だったのだろう。それまでのアルバムはすべて全英トップ10内にランクインしていたのだが、全米では最高でも55位である。
全米1位、全英2位をとった「狂気」以降、ピンク・フロイドはコンセプチュアルだが分かりやすく、聴き心地の良いサウンド路線を進む。その芸術性と大衆性を絶妙に両立させたスタイルは受け入れられ、英米1位も含め4度も全米1位を獲得することになる。
ところで「狂気」という邦題は秀逸だ。狂気そのものをテーマにしているわけではないが、叫び声や嗤い声が挿入されたサウンド、曲名のBrain DamageやEclipse、歌詞のMoonやLunaticといった「狂う」という意味を持つ言葉から思いついたのだろう。それで、「狂気」。名付けた人はこれで「決まった!」と狂喜したはずだ。いや、それはないか。
♪好きな曲
Time
3分半過ぎから現れるデイブ・ギルモアの天を駆けめぐるような一世一代のギターソロに尽きる。
The great gig in the sky
荘厳なオルガンの響きをバックに、女声スキャットが感情たっぷりに歌い上げる。鳥肌ものの歌唱。アルバムのクライマックス。
Us and them
アルバム中、最も美しいメロディを持つバラード。牧歌的だが、サビは分厚いサウンドで一気に盛り上がる。