Vol.33 Hats The Blue Nile 1989
美しく端正、魔術のような音の空間、
比類なきエレクトロ・ポップの名作。
ハッツ/ザ・ブルー・ナイル
英国の至宝とよばれるグループが、手間ひまかけて磨き上げた宝石のような作品。名うてアーティストたちに愛された隠れた名盤。
神秘的な響きをもった名前のこのバンドは、プリファブ・スプラウトとともに英国の至宝と呼ばれたこともあったが、今や秘宝といった方がふさわしい。心配するほど寡作なのだ。
1983年にデビューして以来、2016年現在までに出したアルバムはたった4枚。最後のアルバムが2004年だから、もう12年も新作がない。メンバーのポール・ブキャナンのソロはリリースされたものの、解散しているのか、それとも休止しているのかもよく分からない。
デビュー作は習作という印象があるが、すでにスタイルはできあがっていた。この2ndアルバム『HATS』で、彼らはがぜん注目を集める。シングルもアルバムもヒットしていないにもかかわらずだ。
彼らをまっさきに見つけ、評価したのはミュージシャンや音楽評論家だ。ロビー・ロバートソンやピーター・ゲイブリエルは自身のアルバムに呼んだし、リッキー・リー・ジョーンズはジョイントツアーを行った。ロッド・スチュワートやアニー・レノックスは曲をカバーした。
日本で紹介されたときもそうで、高橋幸宏か鈴木慶一か、それとも他の方か、記憶があやふやなのだが、僕も著名なアーティストが絶賛していたのがきっかけで聴いた。
ブルー・ナイルのサウンドは独創的だ。分類すればエレクトロ・ポップだが、同時代に流行った音とは全く異なる。サウンドは美しく端正な佇まいをもっている。音数は少なく、ストリングスやブラスを思わせるシンセによるゆったりとした、静謐な音の空間といった感じだろうか。丁寧に作り込まれた工芸細工のようである。
そしてブキャナンの歌声だ。時に物憂げに、時に熱さを交えながら、詩を詠むように歌う。耳にすっと入り込み、感情のひだに沁み込んでくる。
曲作りにじっくり時間をかけるようで、『Hats』も前作から5年ぶり。スタイルは変わっていないが、前作と比べると楽曲もアレンジも録音も格段に向上している。霞のようなエレクトロニクスとアクースティックの響きがよい塩梅で表現されている。
とくに冒頭からの4曲は素晴らしい。聴いていると、意識の中に青い夜の帳が降りてきて、ファンタジックな世界が広がる。音の魔法とはこういうものだろうか。
この後、2枚のアルバムを出して長い沈黙に入っているわけだが、半ば新作をあきらめていたプリファブ・スプラウトだって長すぎる休止を終えて、新作を届けてくれたのだ。望みは捨てずに気長に待つ。もし、クラウドファンディングでアルバム制作費を募るなら、迷わず出したい。少額ですけど。
それにしても、スコットランドはアイルランドとともに素晴らしいミュージシャンの宝庫だ。80年代のネオアコや、90年代のギターポップで好きだなと思ったバンドは、たいていグラスゴー出身だ。なぜこうも温もりと冷たさ、叙情性と情熱を秘めたサウンドが生まれるのか不思議だ。
♪好きな曲
The downtown lights
ブキャナンのソウルフルな歌に触発されたのか、ロッド・スチュワート、アニー・レノックスもカバー。
Headlights on the parade
シンフォニックなシンセによる流麗なサウンドは感動的だ。
Over the hillside
アルバムの幕開けにふさわしい曲。静かに始まり、徐々に舞い上がっていく感じがよい。