Vol.13 Band On The Run Paul McCartney & Wings 1973
ビートルズの呪縛から脱出、
ソロキャリアの飛躍をもたらした傑作。
バンド・オン・ザ・ラン/ポール・マッカートニー&ウイングス
ソロ時代の最高傑作という評価もさることながら、ビートルズの呪縛から逃れ、新たな飛躍のきっかけとなった点で、ポールにとって大きな意味のあるアルバムになった。全米1位(3回)、全英1位(7週連続)を獲得、グラミー賞2部門受賞という輝かしい成果を収めた。
ビートルズ解散後、ポールは、2枚のソロアルバムを出したものの、ファンや評論家を満足させることはできなかった。期待の高さゆえというのもあったのだろう、セールスは好調であったが、内容についてはジョン・レノンのソロ作のように絶賛されなかった。
そこで今度はバンド、ウイングスを結成しアルバム(ウイングス名義)を出す。まずまずのヒットはしたが、評価はいまひとつ。でも、ジョンだけは「あいつは正しい方向へ進んでいる」と語った。バンドという環境に手ごたえを感じたのか、ポールはツアーを重ねながら活路を探った。
‘73年になると、ポール・マッカートニー&ウイングス名義で『レッドローズ・スピードウェイ』を発表。さらに「マイ・ラブ」、映画007の主題歌「死ぬのは奴らだ」などのシングルを大ヒットさせた。その勢いで作られたのが本作だ。
かくして『バンド・オン・ザ・ラン』は、『アビー・ロード』や『サージェント・ペパーズ~』を思わせる、バラエティに富んだポップなロックアルバムに仕上がった。断片的な曲をつないで1曲にするとか、他の曲のフレーズを練り込んでアルバムにトータルな演出をするとか、ビートルズ時代の得意技がフルに発揮された。
シングルヒットした2曲「バンド・オン・ザ・ラン」、「ジェット」を冒頭に、「ブルーバード」、「マムーニア」、「ノー・ワーズ」といったポールらしい美しい、楽しい、優しいメロディが映える曲を挟み、地味だけどドラマティックな「西暦1985年」で締めくくる。フルコースのように次々と違うタイプの曲が現れるので退屈しない。
結果として、ビートルズとは違った魅力のある、ウイングスらしいサウンドが生まれた。素直にビートルズ的な部分を受け入れて、バンドを楽しみながら作ったのが良かった(ただし録音はトラブル続き)。
リアルタイムということで、個人的にはビートルズより、ウイングスの方に思い入れがある。ポールの才能にしても、この時代から80年代初期くらいまでが最盛期だと思う。
ところでウイングスらしさといえば、当時のポール夫人、リンダの存在は意外に大きい。特にコーラスでのリンダはサウンドに不可欠だった。ポールも「ウイングスの良さ、最大の特徴はリンダの存在」と言っているくらいだ。
バンド・オン・ザ・ラン。そうバンドはビートルズから脱出したのだ。「ある意味では僕がビートルズという牢獄から脱出を企てるという意味も込められていた」とポールは後に語った。やっぱり。脱出に成功して良かったな、ポール。
♪好きな曲
Band On The Run
3 部構成のめくるめくメドレーの曲。ライブでも定番。シングルカットされ全米1位、全英3位。
JET
僕が初めて買ったロックのシングル盤。これでポールが元ビートルズと知った。派手なブラス、分厚いコーラスが痛快なポップなロック。全米、全英共に7位。
Bluebird
ボサノバのような雰囲気の美しいメロディのバラード。
Vol.12 LIVE Donny Hathaway 1972
グルーブと熱狂が一体化、
早逝の天才が放った渾身の名演。
ライブ/ダニー・ハサウェイ
グルーブ全開の演奏と聴衆の熱狂が一体となって押し寄せる感動といったら!ローリング・ストーンズ誌が選ぶ史上最高のライブアルバム50選にも入った大傑作である。全米18位、後にゴールドディスクを獲得、ダニーのアルバムの中で最もヒットした。
僕もそうだったけど、ソウルを初めて聴こうと思っている人にとって、うってつけのアルバムだ。何しろ聴きやすい。マーヴィン・ゲイの「What’s going on」、キャロル・キングの「You’ve got a friend」、ジョン・レノンの「Jealous guy」といった名曲も入っている。
ソウルに興味を持ち始めた頃、ピーター・バラカン氏の『魂のゆくえ』という本をガイドにいろいろなソウル名盤を聴き漁った。その中で、ピーターさんがとても褒めていたのがこの『ライブ』だ。聴いてみたら大当たり。すぐにダニーの他のアルバムも聴き、すっかり気に入ってしまった。
アルバムは、長尺のほぼジャムナンバーと歌ものが並んでいる。ファンク、ソウル・ジャズ調の10分を超える「The ghetto」、「Voice Everything(Everything and Everything)」は最大の聴きどころだ。
アルバム全体に言えることだが、ダニーのエレクトリックピアノ、ピアノが素晴らしい。ギターやコンガとからみながら縦横無尽にグルーブするのだ。エレピのゆらぎが転がる感触は、とても気持ちがよい。とりわけ長尺の2曲はそれがたっぷりと楽しめるのである。
歌ものでは、オープニングの「What’s going on」や「Little Ghetto Boy」、「Hey Girl」といったニューソウルらしいメロウな曲が好きだ。
また、ライブ盤ということで聴衆の熱狂がいいアクセントになっている。曲によっては一緒に歌ったり、曲の途中で歓声を入れたりするのであるが、いかに聴衆がパフォーマンスに感銘し、ひとつになろうとしているかが、よく伝わってくる。
山下達郎は、ライブ盤『It’s A Poppin Time』(これもカッコいい)を録る時に、この『ライブ』のようにグルーブの効いた歌と熱い演奏をめざしたという。
ダニーはソロとしてのキャリアが実質数年だったせいか、ソウルファン以外にはあまり知られていないようだが、スティービー・ワンダーと並ぶ天才ソウル・アーティストである。
幼少のころからゴスペルやピアノを学び、名門の黒人大学であるハワード大ではクラシックを学んだ。その後、アレンジャー、コンポーザーとしてキャリアを積み、1970年にソロデビュー。『ライブ』は3作目になる。
ちょうどアーティストとして、大きく成長をしていた時期なのだ。翌年にリリースされた次作『愛と自由を求めて』でダニーは最初の(そして最後の)ピークに達した。しかし、その後、彼は精神のバランスを崩したこともあり、アルバムを作ることなく、断続的な活動をするにとどまった。
そして1979年1月13日、ニューヨークのホテルから転落し亡くなった。自殺と言われているが、はっきりとは分かっていない。この時、まだ34歳。希望の光を灯すような歌を作ってきた人だけに、なぜ?という感が今でも残る。
♪好きな曲
What’s Going On
緩めのソウル・ジャズ風のアレンジだが、弾むようなダニーのエレピもあって、グルーブは気持ちがいい。
Little Ghetto Boy
ダニーの代表曲であり、当時の黒人社会へ向けたメッセージソング。希望が伝わってくるようなメロディがいい。後にスタジオバージョンも登場。
Hey Girl
このアルバムでしか聴けない。ちょっとラテンのリズムを感じさせる、メロウな雰囲気の曲。
Vol.11 LET IT BLEED THE ROLLING STONES 1969
名曲、ライブ定番曲が揃った、
ストーンズ流スワンプ・ロック。
レット・イット・ブリード/ローリング・ストーンズ
古典ブルーズやカントリーなど米国南部ルーツ・ミュージックを咀嚼し、ストーンズ流スワンプ・ロックを確立。音楽的、名声ともに飛躍を遂げた‘70年代の発火点となった’60年代ロックの傑作。全英1位、全米3位とダブルプラチナを獲得した。
ストーンズの中で一番好きなアルバムだ。聴き飽きることがない。ロックアルバムとしても、捨て曲、無駄な曲のない完璧なアルバムの1枚だと思う。名曲に始まり、名曲で終わるから、聴き終えた後の満足感が違う。もちろん、その間にも人気曲やライブの定番曲が詰まっている。
ルーツ・ミュージックへの再接近を図った、前作『ベガーズ・バンケット』で再び成功と高い評価を得たストーンズは、方向性に確信をもって『レット・イット・ブリード』に臨んだと思う。だから、これだけの完成度の高い曲が揃ったのだ。
とは言え、レコーディング中にオリジナルメンバーのブライアン・ジョーンズの脱退と不可解な死、ミック・テイラーの加入、アルバムリリース直前のコンサートでは「オルタモントの悲劇」が起きるという穏やかならない状況にあった。
スキャンダラスなイメージで語られることが多いが、ストーンズはかなり職人気質の高いバンドだと思う。この時期、古典ブルーズやカントリー、サザンソウルといったアメリカ南部の音楽を吸収し、冷やかさと熱さが交じり合った彼らなりのスワンプ・ロックを作り上げた。
不穏な雰囲気のイントロから導かれる冒頭の「Gimmie Shelter」は緊迫感漂うソウルフルなナンバー。キース・リチャーズのギターが、粘りと弾力のあるビートに絡んで独特のリズムを生み出す。この思わず身体が動くグルーブこそがストーンズだ。
「Honky Tonk Woman」(全米4週連続1位)のカントリー・バージョン「Country Honk」や、ほんのりとした土臭さとルーズなリズムが心地よい「Let It Bleed」がいい具合にアルバムに緩やかさを添える。
一方で「Live With Me」や「Midnight Rambler」、「Monkey Man」といったライブ映えするロックンロール、R&Bナンバーも繰り出される。楽曲のバランスが見事だ。それにイアン・スチュワート、ニッキー・ホプキンスらのピアノやオルガンがとてもいいアクセントを出しているおかげで多彩な音が楽しめる。
ラストを飾るのは「無情の世界:You Can’t Always Get What You Want」。ゴスペルタッチの曲だが、ロンドンバッハ合唱団のコーラスが壮麗な雰囲気を生み、大団円にふさわしい雰囲気を創り出している。
最高傑作と言われる次作『スティッキー・フィンガーズ』の方が完成度は高いが、聴くたびにみずみずしさを感じる点で、こちらの方を聴いてしまうのだ。
ところで今作が出た1969年は『アビー・ロード』、『レッド・ツェッペリンⅡ』、『クリムゾンキングの宮殿』、『クロスビー、スティルス&ナッシュ』…’68年同様にロック名盤の豊作の年でもあった。
♪好きな曲
Gimmie Shelter
戦争、殺戮、レイプが始まる、避難所くれ!とソウルシンガー、メリー・クレイトンとデュエットする緊張感みなぎるライブの定番曲。
Let It Bleed
地味だが、ゆったりしたノリがクセになってくる。日本だけでシングルカットされた。
You Can’t Always Get What You Want
欲しい時に限って手に入らない、と冷めた内容のわりには、希望を感じさせる雰囲気がある。これもライブ定番曲。
Vol.10 Aja STEELY DAN 1977
一流どころの名人芸が織り込まれた、
贅を尽くして創られたハイブリッド・ロック。
彩(エイジャ)/スティーリー・ダン
当代一流のミュージシャンを大勢集め、名人芸を引き出し、ロック、ジャズ、ソウルをハイブリッド化。洗練の極みともいえるサウンドを実現したスティーリー・ダンの最高傑作。全米3位、1年以上もチャートイン、プラチナディスクに輝いた名盤である。
この時、すでにスティーリー・ダンはバンドではなく、ドナルド・フェイゲン、ウォルター・ベッカーとプロデューサーのゲイリー・カッツ、エンジニアのロジャー・二コルズのレコーディングユニットになっていた。
バンド時代からゲスト・ミュージシャンを多く起用していたが、アルバムを出す度にその傾向は強くなり、メンバーの脱退が重なって以降、理想の音楽を実現するためのユニットとなっていった。
前作『幻想の摩天楼:The Royal Scam』では、ラリー・カールトン、チャック・レイニー、バーナード・パーディなどジャズ、フュージョン、ソウル畑の一流ミュージシャンをゲストに迎え、ロック、ジャズ、ソウルをハイブリッド化、美学を感じさせるサウンドを創り上げた。
この方法を究めたのが『Aja』だ。前出のミュージシャンに加えて、ウェイン・ショーター、スティーブ・ガット、トム・スコット、ジョー・サンプルなど大物をずらりと招いて1年間かけてレコーディング、スティーリー・ダン以外では不可能なサウンドを実現した。
全体の印象はAORのような大人好みの洗練されたロックだ。だが、何度も聴きこんだり、耳が肥えてきたりすると、構築美ともいえる緻密な、ある意味変態的ともいえる音づくりが見えてくる(聴き心地がよいため、そこに気づきにくい)。
ソウルやファンクのリズムに、ジャズを感じさせるコード展開というのが、彼らが好むスタイルだ。ただ混ぜ方が巧みで、それぞれの味わいが絶妙にシェイクされ、オリジナリティの強さが際立つところがユニークだ。
楽曲やアレンジともに練り込まれていて緻密である。にもかかわらず圧迫感はなく、ノリの良い開放的な音が繰り広げられる。これはもう創造性とセンスというしかない。
さらに面白いのはゲスト・ミュージシャンの芸を最大限に引き出している点である。人によっては一世一代ともいえる演奏をさせている。たとえば「Aja」のガットのドラムソロとショーターのサックスソロ。鳥肌モノのパフォーマンスだ。
その他、ほぼ全曲で演奏しているレイニーのベース。スコットのサックスやホーンアレンジなどミュージシャンに本気を出させているおかげで豊潤な音を味わうことができる。人も金も時間も、贅をつくしただけのクオリティを見事に実現している。この時代だから許されたと言っていい。その意味で稀なるアルバムだと思う。
なお、ジャケットの女性は、世界的なファッションモデルとして活躍した山口小夜子である。音だけでなく、デザインもしっかり贅沢しているところが彼ららしい。
♪好きな曲
Black Cow
アルバム中で一番好きな曲。ハンフリー×レイニーのファンクビートが気持ちよく、ホーンも女性コーラスの使い方も素晴らしい。
Aja
8分の組曲。中盤の寄せては返すインストパートはアルバム最大の聴きどころ。宙に舞うように乱打されるドラムは圧巻。
I Got The News
モータウンの白人ドラマー、エド・グリーンとピアノによる弾力あるリズムがカッコいい。
Vol.9 Ⅲ Peter Gabriel 1980
非西洋世界のリズムを取りこみ、
衝撃の音響で奇才としての本領を発揮。
Ⅲ/ピーター・ゲイブリエル
英国ロックを席巻しつつあったニューウェーブの意匠に、アフリカ音楽などの非西洋世界のリズムを取り込み、聴いたこともないドラムサウンドで衝撃を与え、圧倒的なオリジナリティを創造。ソロ・アーティストとしての出発点となった大傑作。
ジェネシス時代からファンだったが、このソロ3作目には最初はとても困惑した。ポップなロックの1作目、2作目とは全く違う音だったからだ。そうは言っても、未知のカッコよさを感じたこともあり、辛抱強く聴き込んだ。そのうちにすっかり好きになってしまって今では愛聴盤となった。
元々、ゲイブリエルは探求心と好奇心が人一倍旺盛な人である。流行の音楽に敏感ではあるが、あからさまな追随はしない。必ず自家薬籠中というか、取り入れ方が巧みでオリジナリティを創り上げるのが得意だ。
当時ゲイブリエルは、ロックに飽きて、アフリカやブラジルの音楽に惹かれており、非西洋的リズムと台頭してきたポストパンク的なサウンドの融合を試みようと思ったようだ。
だからプロデュースはXTCやジョン・フォックス時代のウルトラ・ヴォックス!を手がけていた新進のスティーブ・リリーホワイトに依頼。リリーホワイトはパンク畑であったため、廃れつつあったプログレッシブ・ロック出身のゲイブリエルからの依頼に耳を疑ったという。後にリリーホワイトはU2やローリング・ストーンズなどを手がける大物プロデューサーとなる。
とにかくドラムの音響が異様だ。1曲目の「Intruder」でやられた。バスドラムやスネアの音が残響を途中でぶった切ったような鳴り方なのだ。さらにシンバルがない。非ロック的ドラムでロックをやろうとしている感じだ。
このゲートエコーと呼ばれる音響はエンジニアのヒュー・パジャムとジェネシス時代の同僚で録音にも参加したフィル・コリンズのアイデアだったという。
楽曲は「I Don’t Remember」、「Not One Of Us」のようなアグレッシブなギターが冴えるニューウェーブ的サウンドや、シングルヒットした「Games Without Frontiers」のような複雑なアレンジのエレクトロ・ポップ中心であるが、ゲートエコーが効いたドラムのため先鋭的な独特のサウンドに仕上がっている。
また名曲「Biko」のようプリミティブ色の強い曲もある。戦争や人権など歌詞はシリアスだが、サウンドはパワフルでキレがあってカッコいい。ダークな雰囲気ながら全英1位、全米22位と大ヒットしたのも納得。斬新さがウケた。
次作では、さらに原始的なリズムとエレクトロニクスの融合を深めた。しっかりシングルヒットも出して商業的成功も収めた。5作目『So』はこれまでの探求成果をコンテンポラリーなロックで表現、シングル『スレッジハンマー』を大ヒット(全米1位)させ、アルバムも全英1位、全米2位を獲得。知る人ぞ知るアーティストから、世界的な人気アーティストとしての名声を確立した。
♪好きな曲
I Don’t Remember
ヘビーなギターリフとうねるベース、いびつな残響処理がカッコいいニューウェーブ風ナンバー。
Family Snapshot
静から動、動から静へと曲調が変化する。特にギターの刻みとサックスが被って盛り上がるアグレッシブな動の部分がいい。
Biko
南アフリカの人権活動家スティーブン・ビコに捧げた曲。アフリカ風リズムとゴスペルタッチの歌による厳かな雰囲気が素晴らしい。
VOL.8 Pet Sounds The Beach Boys 1966
孤高の天才がありったけのアイデアと、
情熱を注いで作った早すぎた大傑作。
ペット・サウンズ/ビーチ・ボーイズ
それまでのロックやポップスでは想像もできなかったアイデアが盛り込まれていながら、普遍的な魅力を持つ早すぎた大傑作だ。そして色々なエピソードで語られる名盤でもある。
国内外のミュージシャン、音楽評論家、耳の肥えた音楽ファンは揃って、このアルバムがいかに革新的であったか、ブライアン・ウィルソンがいかに天才であったかを語る。
たとえばビートルズの『ラバーソウル』を聴いてショックを受けたブライアン・ウィルソンが対抗すべく一人で作り上げたとか。「『サージェントペパーズ~』にとって一番の影響は『ペット・サウンズ』だった」とポール・マッカートニーが、後にも先にもないアルバムだと絶賛したとか。
同時に当時は多くのファンやレコード会社だけでなく、メンバーさえもとても困惑させてしまった。特にメンバーのマイク・ラブは「誰がこんな音楽を聴くのか、犬か」とこき下ろしたという。
作家の村上春樹もお気に入りの作品として著書などの中で度々取り上げており、聴くたびに新しい発見があり、その魅力が分かるまでずいぶんと時間がかかったと語っている。(『ペット・サウンズ』について書かれた本も翻訳している)。
80年代の終わり頃、初CD化の際に聴いた。正直なところ、どこかスゴイのかよく分からなかった。きれいなメロディの同じような雰囲気の曲が集まっているという感じだった。
オールディーズマニアでもあるミュージシャンの山下達郎氏が書いた解説には、いかに革新的であるのかが詳しく紹介されていた。たとえば転調だらけのメロディ、不思議なコード展開、ルートに向かわないベースライン、複雑なアレンジやコーラス、ユニークな楽器の使い方から生まれる独特の音色…。僕がその革新性が分かるようになったのは、もう少し後。
これだけのことを一度にやれば、先鋭的なものに仕上がるか失敗するかだ。それなのに親しみやすいポップスとして完成させたところがブライアンの天才たる由縁…といったことを脇においても、『ペット・サウンズ』は素敵な音楽がつまった、聴くたびに素晴らしさが楽しめるアルバムだ。
何度聴いても「素敵じゃないか:Wouldn’t it be nice」の弾むようなメロディとコーラスには胸が高鳴るし、「永遠に君を愛さないかもしれない」と歌われる世にも美しい「God only knows」に聴き惚れてしまう。センチメンタルな美しさがしみる「駄目な僕:I just wasn’t made for these times」や「Caroline,no」は当時のブライアンの孤独な心中を知ると泣けてくる。
全体に漂う雰囲気は、ビーチ・ボーイズらしい海、夏、カリフォルニアの陽光とは全く対極の世界だ。希望や歓びはあるが、どこか哀しく切ない。21世紀の今、革新性を期待して聴くと拍子抜けするだろう。
でも、音楽の美しさや人が誰しも感じる心模様が鮮やかに表現された作品として受け止めてもらえるなら、愛しくならずにはいられないと思う。
♪好きな曲
Wouldn’t it be nice
一緒に暮らせたら素敵だろうなと希望に満ちあふれた、ラブラブ感いっぱいの名曲。全米8位。
God only knows
ポール・マッカートニーが今まで聴いた曲の中で最高と言ったとか。ロック史上、歌の中でgodが初めて登場した曲。全米では39位だが全英では2位。
I just wasn’t made for these times
途方にくれる心情を、これまた美しく沁みるメロディで歌っている。
Vol.7 IV LED ZEPPELIN 1971
評論家やファンを黙らせ、
予想の斜め上をいったロックの金字塔。
IV/レッド・ツエッペリン
静と動、激しさと穏やかさが見事に編み込まれた壮麗なアルバムだ。ツエッペリン(以下、ゼップ)はハードロックのかたくななイメージを覆しただけでなく、ファンや評論家の予想を超え、唯一無二の音楽スタイルを確立した。
ゼップの中で最大のヒットとなった。全英1位、62週もチャートイン。アメリカでもすぐにベストセラーとなり、1990年にはアメリカで最も売れたアルバムとしてビルボード誌から認定。ただ全米1位は逃した。当時、キャロル・キングの『つづれおり』から首位を奪うことはできなかった。
ゼップのアルバム中、ひときわ美意識に貫かれたアルバムだ。他のハードロックよりも、イエスの『サード』や『こわれもの』に近いと思う。正式なアルバムタイトルはないが、通称でⅣやUntitled、Four Symbolsなどと呼ばれている。
なんといっても「天国の階段:Stairway to heaven」だ。この曲がアルバム中で白眉であることは間違いないし、もし入っていなかったら評価も売れ行きも変わっていただろう。しかし他の曲も素晴らしく完成度は高い。
ギターのノイズが聞こえた後に、ロバート・プラントのア・カペラを合図にジミー・ペイジの複雑なギターリフが鳴り響く。アルバムはこの「Black dog」で幕が上がる。渋いハードロックナンバー。そして次の「Rock and roll」で加速する。
ロックンロールというのは、たとえばチャック・ベリーの曲のような軽快で小気味よいノリが魅力だが、ゼップは違った。激しく重いのだ。戦車が砲弾をドカドカと撃ちまくりながら突っ走っている感じだ。それなのにグルーブはしっかり表現されている。
激しい2曲の後にマンドリンの音色が美しいトラッドフォーク風の「限りなき戦い:Battle of evermore」が気持ちを鎮めてくれる。そしていよいよ不朽の名曲「天国の階段」が登場する。
牧歌的なオープニングから徐々にロックへとサウンドがドライブし、入魂のギターソロでクライマックスを迎え、静かに終わるという見事な構成。歌詞は未だにいろいろな解釈がなされているほど謎めいているが、そこが面白くもある。
ここまででも十分すぎるほどの聴きごたえだ。感動の余韻に浸っていたいならここで小休止。後半は「Misty mountain hop」、「Four sticks」とグルーブの効いた曲、アクースティックな「Going to California」と続き、クロージングにふさわしいハードで迫力ある「When the levee breaks」で幕を閉じる。
アルバム発表後にメンバーのジョン・ポール・ジョーンズは「これでブラック・サバスとは比較されなくなった」と言ったという。もともとゼップはブルーズやトラッド、フォークといった音楽を取り込み、スタイルを築き上げてきた多様な音楽性をもったバンドだ。
このアルバムはそれまでのゼップの集大成と言っていい。この後、さらにファンクやレゲエ、ワールドミュージックをも吸収しながら進化を遂げていく。ハードロックはあまり聴いてこなかったが、ゼップだけ聴き続けているのも広くて深い音楽性に惹かれているからだ。
♪好きな曲
Stairway to heaven
哀愁を帯びたメロディやギターの旋律が美しい。緻密なアンサンブルで編まれた8分間の壮大なドラマ。
Going to California
ジョニ・ミッチェルに捧げた、穏やかな小品。ギターとマンドリンの音色が気持ちいい。
When the levee breaks
エコーの効いた巨大なドラムに圧倒。ギターとブルースハープのからみもカッコいい。1929年作のブルーズをハードに改作。