Vol.21 Nothing Like The Sun Sting 1987
シリアスな歌詞だが、ジャズやラテン音楽なども
取り込んだサウンドはエレガント。
ナッシング・ライク・ザ・サン/スティング
ジャズやワールドミュージックのテイストを巧みに取り込み、コンテンポラリーなロックに仕上げたソロ2作目。全英1位、全米9位、驚くことに日本でもオリコン1位を獲得した。
‘84年、ポリスが活動を休止する。しかしスティングは早くも翌年にソロ1作目『ブルータートルの夢』をリリース。アルバムは、ポリスのポの字も感じさせないものであったが、全米2位、全英3位と大ヒット。シングル「セット・ゼム・フリー」も全米3位となった。
その成功に確信を持ったのだろう。ソロ2作目の今作も1作目と同じ路線。前作は若手のジャズミュージシャンを起用したバンドスタイルで臨んだわけだが、2作目は、前作より多彩な楽曲が揃ったこともあって、ゲストミュージシャンを多数擁してのサウンドとなった。主だったところでは、エリック・クラプトン、マーク・ノップラ‐、アンディ・サマーズが参加している。
といっても、核になるのは前作にも参加した、ブランフォード・マルサリス、ケニー・カークランド。それにマヌ・カッチェ、ミノ・シネリ。前作ではベースをギターに持ち替えたスティングは、今作ではベースを弾いている、カッチェはピーター・ゲイブリエルのバンドで注目されたドラマーで、シネリはマイルス・デイビスのバンドにも参加したパーカッショニスト。
アルバムの雰囲気は開放的だが、冬や晩秋の朝の空気のような、ひんやりとした清々しさが通底している。楽曲のタイプは様々だが、派手さや大げさなとこはなく、引き締まった感がある。スティングらしい陰りのあるメロディは健在で、レゲエ、ボサノバ、ジャズからの影響を感じさせる。
内省的、社会性のある歌詞が目立つが、サウンドは端正で抑えられたトーンもあって、印象はエレガント。また、カッチェのキレのあるドラム、ミノのパーカッションのおかげで、躍動感や色彩感はくっきりしている。ブランフォードのサックスも前作以上にサウンドのテクスチャーを決定づけ、エレガントな雰囲気にひと役買っている。
前作のように、大きなシングルヒットはなかったが、楽曲の充実度ではこちらの方が優れていると思う。個人的にも2作目の方が好み。
日本のCMでも使われた「Englishman In New York」や「We’ll Be Together」といった人気曲をはじめ、人権について歌った、美しいメロディの「They Dance Alone」、ジミ・ヘンドリックスのカバーで、スケール感のある「Litle Wing」など聴きどころが多い。
しかし、この路線は今作で終わる。次作『ソウル・ケージ』はロック色の強い、渋いアルバムとなった。個人的にはここまでくらいが一番良かったと思う。近年はクラシックへ接近しているが、もともとジャズの素養のある人なので、新進気鋭のジャズミュージシャンとのコラボなどやってほしいなと思っている。
♪好きな曲
The Lazarus Heart
浮遊感のあるリズムとサックスが気持ちイイ。南米を思わせる開放的なメロディの明るい曲。
They Dance Alone(Gueca Solo)
チリの独裁政権による投獄や拷問への批判が歌われるが、哀しみ一辺倒でなく、終盤の軽快なサンバ調の展開に希望を感じる。
Little Wing
巨匠ギル・エバンズのジャズ・オーケストラを迎えての演奏。多くのカバーがあるが、割と名演が多い印象で、このカバーもカッコいい。
Vol.20 Songs In The Key Of Life Stevie Wonder 1976
名曲、ヒット曲がたっぷり、
神がかった絶頂期の総決算。
キー・オブ・ライフ/スティーヴィー・ワンダー
神がかっていた、と言われる70年代のスティーヴィーの総決算的アルバム。全米No1シングルをはじめ、代表曲がそろった充実の内容。レコード盤では2枚組(4曲入りEP付)、全21曲というボリュームながら、全米1位。グラミー賞アルバム・オブ・ザイヤー、ベスト・プロデューサー・オブ・ザ・イヤーも獲得した。
70年代に入ってからスティーヴィーは、自らプロデュース、作曲、演奏に取り組み、それまでのシンガーという位置からスケールアップしようとしていた。そうした創造への飽くなき意欲と才能が相乗したのだろう、スティーヴィーは神が降りてきたかのごとく、驚異的なペースでアルバムを制作した。
72年の『心の詩』、同年の『トーキング・ブック』(全米3位)、‘73年の『インナーヴィジョンズ』(全米4位、グラミー賞最優秀アルバム)、’74年の『ファースト・フィナーレ』(全米1位、グラミー賞最優秀アルバム)といずれも、高い評価を受け、商業面でも大成功をおさめた。
『キー・オブ・ライフ』は、そんな70年代の総仕上げであり、スティーヴィーのピークを示す内容となった。楽曲も彼らしく、ソウル、ファンクだけでなく、サンバ、ボサノバなどラテン、ポップスとさまざまなタイプが並んでいる。この多様性はスティーヴィーならではのものだ。
ブラッシュアップされていない曲もあって、玉石混交といわれるが、それでも玉にあたる曲の出来ばえが素晴らしいので、石もあまり気にならない。
スティーヴィーに珍しく、出だしは地味だが、4曲目のグルーブなインストを挟んで、当時、日本の歌謡界でも人気で、キャンディーズもカバー(僕はピンクレディーのライブ盤で知った、それがスティーヴィーとの出会い)したヒット曲「Sir Duke」と、ファンクナンバー「I Wish」が続くあたりになると、熱量が上がってくる。ボッサ調のリズムとオルガンソロが気持ちよい「Summer Soft」は隠れた名曲という印象で好きな曲、でも1枚目はやや地味。
2枚目は「Isn’t She Lovely」ではじまる。多幸感のあるメロディとハーモニカソロがいい。スティーヴィーのハーモニカはいつも素敵だ。シングルカットされた「As」や「If It’s Magic」は、メロディメイカーとして本領を発揮。サンバのグルーブとコーラスが熱い「Another Star」は問答無用のカッコよさ。名曲だらけ、実に聴きごたえのあるアルバムである。
80年代に入ると、日本でもCMに登場して、親しみのある黒人のポップス歌手と受け止められていた印象があったが、70年代のスティーヴィーは、シンセサイザーとレコーディング技術という、新しい武器を存分に使いこなす、天才クリエイターだった。
今から考えても、この時期が絶頂期。一度は聴いて欲しい。当時、2枚組なので高校生の自分には高価だったが、無理して小遣いをはたいて買った。いっぺんに聴くともったいないので、数曲づつ聴いていたものだ。はぁ、貧乏くさい。
♪好きな曲
Isn’t She Lovely
邦題「可愛いアイシャ」。アイシャはスティーヴィーの愛娘。いつまでも聴いていたいようなメロディ。
Another Star
8分以上の長尺を感じさせない、高揚感たっぷりのリズムとコーラスがきまっているサンバファンク。
I Wish
邦題は「回想」、全米1位。パンチのあるブラスと当時は短音しか出ないシンセを重ねて作ったグルーブがカッコいい。ドラムはスティーヴィー。
Vol.19 Revolver The Beatles 1966
革新的なスタジオワークから生まれた、
創造性あふれる意欲作。
リヴォルバー/ビートルズ
レコーディングバンドに生まれ変わったビートルズの新たな一歩は、進化したソングライティングと革新的なスタジオワークが融合、彼らのアルバムの中でも、ひときわクリエイティビティを感じさせる作品となった。
デビューして3年、同じようなツアーの繰り返し、慌ただしいレコーディングに追われていたビートルズは、アーティストとしての成長を自覚しながらも、それを発揮する機会が与えられず大きな不満を抱えていた。
‘65年12月に『ラバー・ソウル』をリリースし、イギリスツアーを終えると、はじめて3カ月という長い休暇をとる。そして翌年4月、溜まっていた不満を発散するかのようにレコーディングを開始。わずか2か月で16曲を仕上げた。そのうち14曲が『リヴォルバー』に収められた。
彼らの新しいサウンドは、当時の技術では、ライブでの再現が不可能なものばかり。それはレコーディングバンド、ビートルズとしてのスタートを意味した。
『リヴォルバー』は随所にギミックが仕掛けられたサウンドに仕上がった。ギターやヴォーカルの逆回転、テープ処理によるループや速度の変更などにより、それまで聴いたことがない音が生まれたのだ。
ビートルズの遊び心ある実験を支えたのは、ジェフ・エメリック(当時まだ20歳!)、ケン・タウンゼントという若きエンジニアたち。彼らはビートルズの無茶?な要求に斬新なアイデアとテクノロジーで応えた。こうしたトライは次作『サージェントペパーズ~』で大いに発揮される。
むろん、ビートルズのソングライティングも演奏も冴えわたっていた。当時、ドラッグカルチャーに影響を受けたジョンは、先鋭的な曲づくりに挑み、ポールはメロディメーカーとしてますます磨きのかかった曲を生み出し、ジョージの曲がはじめて3曲も採用された。
また、はじめてゲストミュージシャン(ストリングスやホーン)を起用したことで、アレンジが多彩になり、さまざまスタイルの曲が揃った。実験的ともいえるギミックを多用しているにもかかわらず、ポップな感じに仕上げてくるところは、さすがだ。(後にこの路線は10ccが受け継ぐ)
ビートルズ流ファンクの「タックスマン」から、いきなり歌とストリングスで始まる「エリナ・リグビー」。この冒頭の流れを聴いただけでも、『リヴォルバー』がこれまでとは違うことを予感させる。最後のループを駆使したサイケな「トゥモロー・ネバー・ノウズ」まで、次々と創造性に富んだ、新しいビートルズサウンドが繰り広げられ、予感が確信に変わる。
先行シングルの「ペイパーバックライター」、「レイン」が収録されていたら、もっと評価が上がっただろう。全米、全英ともに1位。21世紀の今からフラットに見つめても、『リヴォルバー』は、次作『サージェントペパーズ~』ほど時代を感じさせないし、言われるほどサイケでもない。その分、経年を感じさせず、飽きない。時が経つほどそう思える名盤だ。
♪好きな曲
Tomorrow Never Knows
逆回転、テープループ、コラージュが駆使されまくっているのにポップな聴き心地、このカッコよさといったら!
And Your Bird Can Sing
なぜか胸がキュンとなるイントロのギター。初期ビートルズらしいナンバー。
Here,There And Everywhere
ポールらしい美しいメロディとコーラスが印象的。ビーチ・ボーイズの「God Only Knows」に触発されて作ったらしい。
Vol.18 Silk Degrees Boz Scaggs 1976
ソウルをまろやかな甘さで包み、ロックで
仕上げた都会的なブルー・アイド・ソウル。
シルク・ディグリーズ/ボズ・スキャッグス
70年代のブルー・アイド・ソウルの名盤だ。ソウルやアメリカ南部R&Bの渋味を、まろやかな甘さで包み、ロックのスタイルで表現した、都会的なアダルト・コンテンポラリー・サウンド。ボズの6枚目のアルバムにして出世作、ダブルプラチナ・ディスク、全米2位と大ヒットした。
ボズ・スキャッグスは面白い音楽性の持ち主だなと思う。筋金入りのブラックミュージックやR&Bフリークにもかかわらず、それらの音楽の魅力ともいえる渋味や土臭さといった灰汁をストレートに出したがらない。
ヴォーカルも、ソウルフル、たとえばジョン・コッカーやロバート・パーマーのような迫力あるスタイルではない。声も歌い方もマイルドだ。
アルバムを出す度にサウンドは、徐々に渋味が消え、まろやかさや甘みが増していった。泥臭くない都会的な、ところどころキラキラした大人向けのロックへと洗練されていった。もっともそれは白人によるソウルというブルー・アイド・ソウルの特徴でもあるのだが。
日本ではボズといえば、「We’re All Alone」、「Harbor Light」という美しいメロデイのバラードを歌っているポップス歌手という印象だが、本質は都会的なセンスを持つブルー・アイド・ソウルのアーティストだ。そんな彼の資質が大きく実ったのがこの『Silk Degrees』である。
アレンジャーと共作にディヴィッド・ペイチに迎え、ジェフ・ポーカロとディヴィド・ハンゲイトなど手練れを迎えて仕上げたサウンドは、うっすらと南部サウンドの香りを残しつつも、きらびやかでファンキーな雰囲気を持ち、とても耳に心地よい。特にペイチの洗練されたアレンジ、ポーカロの跳ねるドラムはアルバムの印象を決定づけている。(この2年後に彼らはTOTOを結成)
楽曲も粒ぞろいで、なかでもファンクナンバー「Lowdown」はアルバムを代表する曲であり、ブルー・アイド・ソウルのスタンダードである。この時期、ディスコ・サウンドの席巻もあって、それを意識したに違いないアレンジも特徴だ。この曲はシングルカットされ大ヒット。全米3位、グラミー賞最優秀R&B楽曲賞を受賞した。
ボズが人気の頃、やれ軟弱だ、これはロックじゃないと、ロック好きからはけっこうこき下ろされていたが、たまに聴くとポップでグルーブな雰囲気が気持ちいい。先入観で聴かないのは損だ。
次作『Down To The Left』は、さらに洗練さが増し、磨きのかかったブルー・アイド・ソウルの名盤となった。その次の『Middle Man』あたりまでが全盛期。それ以降は、マイペースでアルバム制作やライブを行っている。
2013年、久しぶりに『Memphis』をリリース。R&Bクラシック・ナンバーとオリジナルで構成されており、メンフィスで手練れのミュージシャンと録音されたそのサウンドは、渋さとまろやかさの絶妙な塩梅が素晴らしく、全米17位と好調。ボズの第2の全盛期を予感させる傑作だった。当時、毎日聴くほど気に入っていた。
♪好きな曲
Lowdown
曲自体がカッコいいが、キーボード、ギター、ストリングスによるアレンジが魅力を増幅させている。
Lido Shuffle
爽快なシャフッルビートの効いた曲、シングルカットされ全米11位とヒットした。
We’re All Alone
あまり言われないが、ボズのソングライティングの能力は高い。シングルカットされていないが人気の高い曲。もちろん作者はボズ。
Vol.17 Close To The Edge YES 1972
曲、パフォーマンス、すべてが完璧。
バンドが絶頂を究めた大傑作。
危機/イエス
好き嫌いは別にして、『危機』はパーフェクトなアルバムだ。楽曲、演奏、アートワークも含めたアイデアすべてがこれ以上、足すものがないくらい素晴らしい。プログレッシブ・ロックというカテゴリーだけで語られるには、たいへんもったいない大傑作である。
バンドの黄金時代に君臨した最高傑作であり、ロックアルバム屈指の名盤といっていい。全米3位、全英4位と大ヒット。難解な歌詞や長い曲、しかも踊れないし。そんなアルバムが売れた。
初の全米1位のシングル「ロンリーハート」をおさめ、世界的にヒットした、1983年の『90125』でさえ、全米5位、全英16位というのに。
イエスというと、ジョン・アンダースンの澄み切ったハイトーンの歌声、クリス・スクワイアの自己主張の強いベースを核とした鉄壁のリズム、変幻自在に駆け巡るスティーブ・ハウのギターである。そこに派手でやや大げさな、リック・ウェイクマンのキーボードやコーラスワークが彩りを添える。『危機』では、それらいずれもが高い完成度で展開される。
前作、前々作から、複雑な組曲形式の長尺曲に挑んできたイエスだが、5作目の『危機』でそれが結実した。全3曲、18分の「危機(Close to the edge)」、10分の「同志(And You and I)」、8分の「シベリアン・カートゥル」と長いのばっかり。
長い曲というのは、出来ばえや展開がいまいちだと退屈してしまうものだが、この3曲はまったく長さが気にならない。いずれも印象的なメロディやフレーズ、緻密なアレンジ、緩急のある展開が施された構築美ともいえるサウンドは聴き飽きることがない。スリル、スピード、スぺクタクルがあるのだ。
ただ、ヘルマン・ヘッセの『シッタルーダ』からインスパイアされたという「危機」の歌詞は、とても抽象的で読み解くのは難しい。他の2曲も同様だ。なんでこんな小難しい内容のものが全米3位になるのか。当時買った人は、何を期待していたのか、そもそも理解できたのか聞いてみたいものだ。
ところでイエスの長尺曲は、構築美というには、ぎこちなく、無理やりつなげたという感のある展開が特長だ。クリス・スクワイアによると、断片的な曲を録って、テープ編集でつなげたこともあったという。所々で強引と言える展開はその影響かもしれない。
だがテクニシャン揃いの彼らがやると、これ以上やると空中分解してしまう、失速ギリギリのアンサンブルが実現される(ライブではほぼスタジオ盤どおりに演奏される)。それが、かえってスリルを生み出し、聴く方としてはカタルシスのようなものさえ感じることがある。
イエスが一番面白かったのは、『危機』の前作‘72年の『こわれもの』から、‘77年の『究極』あたりまで(‘74年の『海洋地形学の物語』はややスピードやスリルに欠ける)。個人的には『危機』をほうふつさせる‘74年の『リレイヤー』が好きだ。よりシャープでアグレッシブなサウンドがカッコいい。
♪好きな曲
(といっても全3曲しかない…)
Close To The Edge
4部構成の組曲。緊張感みなぎる演奏、精密なモザイクのようなサウンド、あっという間の18分。
And You And I
イントロのギターのチューニング音がいい。牧歌的でシンフォニックなイエスらしい曲。
Siberian Khatru
サビが童謡「アルプス一万尺」に似ている。当時はライブではオープニングナンバーだった。
Vol.16 THE DOORS 1967
文学的な世界観と多様な音楽性を
内包、熱気をはらんだクールな衝動。
ハートに火をつけて/ザ・ドアーズ
デビューアルバムにして、ロックのマスターピースとなった名盤。バンドの最高傑作という点では次作『まぼろしの世界』が挙げられることも多いが、有名な代表曲が3曲収められているし、世の中やロック史の中での影響の大きさから考えると、本作の方を選んでしまう。それに売れた。全米2位、ゴールドディスク認定。
はじめてこのアルバムを聴いた時、なんてカッコいいんだと思った。最も印象的だったのがオルガンとギター。それはロックではなく、ジャズを思わせた。もっとも当時はそれほどジャズを聴いていないので、ジャズっぽいというレベルではあったが。
オルガン担当のレイ・マンザネクによると、ドアーズはヴァン・モリソンがいたロックンロールバンド、ぜムの影響が大きかったということだが、そこにマイルズ・デイビスやジョン・コルトレーンといったジャズやクラシックの要素を入れたら、ドアーズのサウンドになったという。
ドアーズはアルバムごとにサウンドも少しづつ変わっていくわけだが、最もジャズ色が濃く、ラテンやブルーズが交じり合った熱気を感じさせつつも、クールでグルーブな音を持っているのが、このデビュー作である。個人的には本作のドアーズが一番好き。
高校生の時に観た『地獄の黙示録』がドアーズとの初めての出会いだったせいか、「The End」を聴くと、今でも禿げ頭のマーロン・ブランドやパンツ一丁でクネクネと踊るマーティン・シーンなど劇中シーンがフラッシュバックする。完全に両者がひもづけされて記憶されてしまっているのだ。
そしてドアーズをドアーズ足らしめているのがヴォーカルのジム・モリソンである。詩人であり、作曲家であり、セックスシンボル。そして、酒とドラッグの中毒者。カウンターカルチャーの英雄。文学、哲学、映画からの影響による世界観をドアーズに持ち込んだのはモリソンだ。
バンド名もモリソンが命名した。詩人ウイリアム・ブレイクの詩の一節「知覚の扉が浄化されると、あらゆることが本来の姿を示すだろう、永遠に」の「知覚の扉」からヒントを得た。
‘71年7月3日、パリのアパート(クラブのトイレ説も)でモリソン死亡。死因は公式にはアルコール中毒だが、ヘロイン中毒とも言われている。ドアーズは実質、ここでジ・エンド。活動期間はわずか4年だった。
にもかかわらず、その評価は今も絶大だ。イギー・ポップやパティ・スミスなど主にパンク、ニューウェイブのミュージシャンに多くの影響を与えたし、ストラングラーズなんて、パンクのドアーズという感じだ。
冒頭から、向こうまで突き抜けろ!と煽り、ハートに火をつけて、激しく燃え上がろう!とハイになりながらも、最後はこれで終わりだ、すべては終わりだと諦観でしめくくる。まるでモリソンの一生を歌ったような内容じゃないか。とあらためて本作を聴いて感じた。できすぎだ。
♪好きな曲
Break On Through (To The Other Side)
リムショットによるラテンっぽいグルーブがカッコいい。歌詞はモリソンの人生テーマそのもの。
Light My Fire
全米3週連続1位、ロックのスタンダード。1分過ぎから始まるジャズロック風のオルガンとギターソロが圧巻。聴くならアルバムバージョンを。
The End
父親殺し、母親との近親相姦をうたった歌詞で知られる。中近東風のギターと語りのような歌は荘厳でさえある。
Vol.15 The First Of A Million Kiss Fairground Attraction 1988
古いジャズやトラッドの香り漂わせ、
魔法のようでもあり、ロマンティック。
ファースト・キッス/フェアグラウンド・アトラクション
きらびやかなロックやポップス全盛の’80年代後半、素朴だけれど、ルーツ音楽の美しい香りを漂わせるバンドがいた。彼らはたった1枚の素敵なアルバムを残して消えていった。異世界に誘い込むようなロマンティックな趣きは魔法のようでもある。
’87年に結成、’90年1月に解散した4人組のフェアグラウンド・アトラクション。意味は「移動遊園地の出し物」である。彼らは、その名のとおり、カーニバルの演目のように賑やかに現れ、それが終わると儚さを残して、あっさりと去っていった。
そのサウンドは移動遊園地の出し物に似合いそうな、古いジャズやトラッド・フォークなどルーツ音楽からの影響がうかがわれるアクースティックなサウンド。そのせいか、ノスタルジーを感じさせるところがあるが、モダンなアレンジやコードのせいもあって、セピア色の古臭さはなく、カラフルな感じさえする。
そこにエディ・リーダーの艶のあるみずみずしい歌声が重なると、魔法にかかったように聴き入ってしまう。彼女の声なしにフェアグラウンド・アトラクションは成り立たない。曲を書いているのは、ギターのマーク・E・ネヴィン(1曲のみエディ)。
ほとんどの曲が女性の気持ちを歌ったものなので、歌詞はエディかと思ったが、マークが書いていたことをけっこう後になって知って驚いたものだ。
百万回のキスのファースト・キスというアルバム原題や曲名もそうだが、歌詞に夜空、星、月という言葉が多く登場することもあって、アルバムに漂うのはロマンティックな雰囲気だ。夜に聴くのが似合う音楽だ。
シングル「パーフェクト」は全英1位、アルバムも全英1位。’88年のブリット・アウォードでも前者が最優秀シングル、後者が最優秀アルバムを受賞した。オリジナル・アルバムはこれ1枚きりだが、解散後に未発表曲などを集めた編集盤やライブ盤が出ている。
アルバムジャケットに使われている写真は、1955年にカリフォルニアで写真家エリオット・アーウィット(写真家集団マグナム・フォトのメンバー)が撮ったもの。
僕はこの写真で、アーウィットに興味を持って「幸福の素顔」という写真集を買った。演出されたもの、偶然の一瞬をおさめたもの、いろいろあるがそれらの多くは日常にひょいと顔を出す、ユーモアを切り取った写真で、思わずにやりとしてしまう。
解散後、エディもマークもソロ活動を始めた。エディのソロは、よりコンテンポラリーなサウンドになっていたし、マークの方が、フェアグラウンドに近いものの、ヴォーカルがエディではない分、あの雰囲気とは異なる。やはり、マークの曲とエディの歌声があってのフェアグラウンドなのだ。
2作目、3作目を聴きたかった気もするが、移動遊園地の出し物のように、刹那ではあるが、二度とないかもしれない素敵な邂逅という印象もあって、この1枚でも十分だと今は思う。
♪好きな曲
Perfect
人気に火をつけた先行シングル。弾むような明るいメロディで燃えない不倫なんてごめんだわと歌う。
The Moon Is Mine
古いジャズナンバーを思わせる。弾けるようなノリノリのヴォーカルがいい。
Allelujah
個人的に1番好き。百万回のキスのファースト・キスはここからのフレーズ。編集盤にあるライブバージョンはもっと感動的。