Vol.27 Born To Run Bruce Springsteen 1975
アメリカの夢と挫折と、ロックンロール、ソウル、
R&Bへの限りない愛が込められた青春ロック。
明日なき暴走/ブルース・スプリングスティーン
ロックへのリスペクトあふれたサウンド、そして閉塞からの脱出と希望を表現したみずみずしい歌に心つかまれる。ボスこと、ブルース・プリングスティーンの出世作にして、アメリカンロックの大傑作。全米3位、全英17位。
『明日なき暴走』は3作目のアルバムだ。デビュー作も2作目も内容は高く評価されたが、セールスはいまひとつ。それでも、ライブの評判やラジオでのプロモーションが功を奏して、状況は良い方へと向かっていた。
しかし、ボスは煮つまっていた。「レコードの発売日はたった1日だけど、レコードの中身は永遠に残るんだ」という完全主義ゆえの姿勢がそうさせた。そこで信頼厚いジョン・ランドゥにプロデュースを乞う。
ランドゥはこのときローリングストーン誌の有名な記者で、彼の記事の中のフレーズ「僕はロックンロールの未来を見た。その名はブルース・スプリングスティーンという」は、ボスを表舞台へと引き上げた。ランドゥはボスにこうアドバイスをした。「自分のやりたいことを迷わず貫きとおせ」。
ボスは後にこのアルバムについて「『明日なき暴走』では、ディランのような詩を書き、フィル・スペクターのようなサウンドを作り、デュアン・エディのようなギターを弾き、そして何よりもロイ・オービスンのように歌おうと努力した」と語った。
20カ月という難産の末、アルバムは完成。その言葉どおり、ロック愛に満ちた、粒ぞろい楽曲が揃った。後に代表曲として、ライブの定番になった曲ばかりだ。
メロディもアレンジもよく練られている。ボスはエルヴィス・プレスリーやチャック・ベリーから、ボブ・ディラン、さらにスタックスやモータウンのソウル、R&Bまで、幅広い音楽から影響を受けており、今作でもそれがみごとに活きている。
Eストリート・バンドの演奏も素晴らしい。特に新加入のマックス・ワインバーグとロイ・ビタンの存在は大きい。ワインバーグのドラムはさらにリズムをダイナミックにしているし、ビタンのピアノやオルガンは、クラレス・クレモンズのサックスとともに、ボスのサウンドの個性となっている。
ボスが一貫して歌ってきたのはアメリカだ。若者、労働者、帰還兵、時には犯罪者などアウトサイダーの視点から、アメリカの夢と挫折にまつわるストーリーを、掌編を思わせる歌詞で表現してきた。
今作では閉塞状況の若者の痛みや絶望が描かれているが、姿勢はあくまでポジティブで希望はあると呼びかけている。
ボスのメッセージは「手遅れかもしれないが、それでも希望に向かって駆け抜けろ」だ。言うなれば、明日への疾走。そのために俺たちは生まれてきたのだと。
だから『明日なき暴走』という邦題は誤解を与える。これではやけくそになった若者が暴れまくるイメージだ。あなた、そんな歌を聴きたいか?
♪好きな曲
Jungleland
ボスの曲の中で1番好き。9分半のドラマティックな展開、間奏部のクレモンズのサックスに感動せずにはいられない。
Born to run
語り継がれるべきロッククラシック。スピード感とフィル・スペクターを思わせる音響にしびれる。この1曲に半年も費やしたとか。全米23位。
Tenth avenue freeze-out
邦題「凍てついた十番街」。自伝的な内容で、サザンソウルを思わせるホーンがいい味を出している。
Vol.26 Lark’s Tongues in Aspic King Crimson 1973
即興性を取り込んだ、新たな方向性は
攻撃的でダイナミック。
太陽と戦慄/キング・クリムゾン
前衛音楽のようなアプローチを編み込んだ、複雑に構築されたサウンドが展開。重量感とダイナミックさを従えたジャズ・ロックに近いスタイルでクリムゾンは生まれ変わった。
クリムゾンで一番好きなアルバムは、『レッド』ではあるが、アルバムごと一番多く聴くのは『太陽と戦慄』だ。はじめはとっつきにくかったが、ロックらしいアグレッシブさと、先鋭的なジャズ的な要素がいい按配で、意外に聴き疲れないのが理由だ。
長尺のインストナンバーと歌もの、それぞれ3曲ずつの構成だが、それまでクリムゾンの持ち味であった叙情性は後退している。代わりに全編ドライなタッチで攻撃的なサウンドが目立っている。聴きどころはやはり「太陽と戦慄」パート1とパート2だろう。
メンバーは前作時とは、ロバート・フリップ以外すべて交替したが、演奏の質は格段に強化された。
ジョン・ウェットンとビル・ブルフォードが打ち出す強靭なリズムと、フリップのヘビーなカッティングが紡ぎだすエッジの効いた空間に、ジェイミー・ミューアの神出鬼没なパーカッションが舞い、デイビッド・クロスのヴァイオリンが緊迫感を添えるという、実にスリリングなアンサンブルが実現した。
楽曲の大半は、緻密に構築されてはいるが、即興的なアクセントがほどよいさじ加減で加えられている。整理されているぶん、だらけたソロパートがなく、長尺ナンバーでも引き締まっているので聴きづらくはないし、意外に時代がかっていない。
また、全体的にヘビーな印象があるものの、「土曜日の本」、「放浪者」という叙情性をもった歌ものがいい箸休めになっており、重さがもたれないのもいい。
ただし、はじめてのクリムゾンには適しているとは言えない。やはり、歴史的名盤『クリムゾン・キングの宮殿』から聴くのが良い。
新メンバーによる新しい方向性でスタートしたクリムゾンだったが、サウンドの要を担っていたミューアが脱退したので、次作以降は違ったサウンドになったものの、構築と即興のアンサンブルは受け継がれていく。
全米61位、全英20位とチャートでは比較にならないが、このアルバムでようやくフリップは、『クリムゾン・キングの宮殿』(全米28位、全英5位)の重石から解放され、次へと進める確信が持てたのではないか。
ところで邦題『太陽と戦慄』は、原題(ゼリーの中のひばりの舌:古代ローマで人気のあったらしい料理)の意味とは全く違う。日本のレコード会社の担当ディレクターがジャケットのデザインを眺めて、直感で名付けたとのこと。
もっとも、思わせぶりな原題もなんとなく思いついたものらしい。しかし、原題、邦題ともに、コンセプチュアルなアルバムと思わせてしまう説得力があるのも事実で、実に面白い。
♪好きな曲
Lark’s Tongues in Aspic Part2
地鳴りを響かせながら大軍が押し寄せるようなアグレッシブなインスト。ライブの定番で、クリムゾンの代表曲。ポルノ映画「エマニエル夫人」のサントラで盗用され裁判沙汰になった。実際に聴いた時、あまりにそっくりで笑った。
Lark’s Tongues in Aspic Part1
アルバムの雰囲気を最も表したインスト。13分と長尺だが、スリリングな展開が次々と繰り出される。
Easy Money
歌ものだが、中間の長いインスト部分は、ミューアやフリップのさえた即興を聴くことができる。トヨタの国内のCMで使われた。
Vol.25 The Nightfly Donald Fagen 1982
50年代のジャズやR&Bテイストの
サウンドに込められた、サバービアンの夢想。
ナイトフライ/ドナルド・フェイゲン
スティーリー・ダン解散後に出した、フェイゲンのファーストソロは、フランク・シナトラが歌っても似合いそうな、50年代のR&Bやジャズをコンテンポラリーなサウンドで再現したようなポップス色濃いアルバムとなった。全米11位。
『ガウチョ』をリリースした翌年の1981年、スティーリー・ダンは解散。『ガウチョ』は、前作『Aja』で到達した洗練の極みを突きぬけ、極北まで行ってしまったような作品になった。偏執的なレコーディングとやり過ぎともいえる構築美が、心地良さまで奪ってしまった。
その1年後に出たフェイゲンのソロアルバムは、『ガウチョ』とうって変わって、実に聴き心地の良いAORサウンドに仕上がった。
フェイゲンによると「50年代後半から60年代初めにかけて、アメリカ北東部にある街の郊外で育った若者が、抱いていたはずのある種のファンタジー」がアルバムのテーマだ。
その言葉どおり、サウンドは全体的に50年代、60年代のジャズやR&Bテイストが色濃いもので、ドリフターズの「Ruby Baby」を除いて、すべてフェイゲンのオリジナルだ。
スティーリー・ダンのアルバムの方が似合う曲も少しあるが、大半はジャズやR&Bのスタンダードナンバーと言われても違和感のない曲が揃っている。
ここには、スティーリー・ダンのような変態的な緻密さはほとんどなく、スリリングな演奏もない。ラリー・カールトンなど名うてのミュージシャンたちを贅沢に起用してはいるが、歌を前面に出した、しゃれた雰囲気のサウンドになっている。
ただ、シニカルな視線は健在。たんに80年代から見た50年代へのノスタルジーではない。50年代とはアメリカ史において繁栄の時代であり、世界戦略の礎が築かれた時代だ。アメリカの豊かさのイメージの原点でもある。
そうした輝きは一方で影を生み、闇へと肥大して、混乱の60~70年代を招く。そのあたりのことは著名なアメリカのジャーナリスト、ハルバースタムの力作『ザ・フィフティーズ』に描かれており、『ナイトフライ』にも通底している。
歌詞や題名に<山の手の住宅街の殺人事件>、<共産主義者がミサイルを押したときに>、<ニューフロンティア(J・F・ケネディが掲げた政策名)>といった言葉が登場することからも想像できるとおり、豊かさの象徴の一つでもある、サバービアン(郊外生活者)の夢想には、やはり、ほのかな恐怖も見え隠れする。
『ナイトフライ』ですっかりリハビリしたかに思えたフェイゲンだが、その後は引退同然で次作が出たのは1993年。相棒のベッカーも同時期、ドラッグ中毒で療養生活とさんざん。『ガウチョ』の後遺症は予想以上だったのか。
アルバムジャケットに漂う、エドワード・ホッパーの絵のような空虚感は、無理に明るく振る舞おうとしたために、余計に喪失感が深まった姿の表れではないか…というような深読みも楽しめる『ナイトフライ』なのであった。
♪好きな曲
I.G.Y
ポップなメロディとレゲエのリズムにのって、素晴らしい時代がやってくる~と歌われるが、それ自体が皮肉かも。シングル曲で全米26位。
Green flower street
アルバム中最もスティーリー・ダン度の高い、R&Bタイプの曲。ギターソロはラリー・カールトン。
Walk between raindrops
弾むようなメロディとスイングするオルガンジャズのようなグルーブが心地よい。
Vol.24 “HEROES” David Bowie 1977
ボウイ史上、最強のメンバーと
創り上げたロックは、ダークでアグレッシブ。
ヒーローズ/デイビッド・ボウイ
名作『ロウ』に続く、ベルリン時代の2作目。名曲「Heroes」を収めた、ダークで切れのあるサウンドがすこぶるカッコいい!完成度では前作を上回っている。全英3位、全米35位。
はじめて買ったボウイのレコードだ。その時の邦題は「英雄夢語り」。個人的な好みもあるが、ボウイが一番カッコよかった時代の、一番カッコいいアルバムだと思っている。
まずジャケットがカッコいい。鍬田正義(ボウイを撮り続けてきた名写真家)の撮影によるボウイは、地球に落ちてきた宇宙人、あるいはヴァンパイアのような、神々しさと禍々しさを放っている。奇妙なポーズは、ボウイの好きなドイツ表現主義の画家の絵をヒントにしたという。
サウンドもカッコいい。アルバムは、鋭く硬質なロックと前衛的なインストゥルメンタルで構成されている。冷戦下のベルリン(壁の近くのハンザ・スタジオ)で録音しただけあって、当時の緊迫感が作風にも伝染している。
そして、ボウイの中でも1,2位を争う名曲、ロックのクラシックでもある「Heroes」が入っている。”英雄になれるんだ、たった1日だけならね”と歌うボウイ。ロックンロール調のリフに乗って鳴り続けるブライアン・イーノのアンビエントなシンセと、ロバート・フリップのサステインの効いたギターによる響きが素晴らしい。
『ヒーローズ』は、ベルリン2部作(たまに3部作)の2作目である。前作までのアメリカ時代(ブラックミュージックへのアプローチ)に一区切りをつけたボウイは、新たな創造の場として、ベルリンを選び、『ロウ』と『ヒーローズ』を制作した。
プロデュースは、唯一ボウイをコントロールできる男、トニー・ヴィスコンティ。バンドメンバーは、アメリカ時代の手練れのメンバーが主体だが、前作に引き続き、ブライアン・イーノ、それにキング・クリムゾン(当時は解散)のロバート・フリップが参加した。ボウイ史上、最強のメンバーといっていい。
後の影響力という点では『ロウ』の方が評価は高い。しかし、充実度とクオリティではだんぜん『ヒーローズ』だ。ボウイのひらめきなのか、バンドの一体感なのか、前作以上にヨーロッパ色の強い、エッジの効いたサウンドはじつに堂々としている。
2013年1月、突如ボウイは新曲を、3月にはアルバム『The Next Day』(全米2位、全英1位)をリリース。10年ぶりの復活である。その内容は『ヒーローズ』を思わせ、21世紀の名盤を予感させた。
驚いたのはジャケットのデザイン。それは、『ヒーローズ』の上に、白い紙を貼ったようなデザインだった。そこにタイトルのThe Next Dayと記されている。過去を乗り越え、次に向かうというのがデザイナーのコンセプトらしい。ボウイ本人は何も語ってないが、『ヒーローズ』はボウイにとって、それほど重要な意味を持つ作品なのだ。
♪好きな曲
Heroes
ヒーロー讃歌でもなく、変革を訴えるわけでもないが、なぜか力がわき上がってくる不朽の名曲。オアシス、ニコ、キング・クリムゾン、ピーター・ゲイブリエルもカバー。
Beauty and Beast
オープニングナンバーにふさわしく、ボーカルやギターの音響の仕掛けがカッコいい、シャープなロックンロール。Heroesと甲乙つけがたい傑作。
V-2 Schneider
当時、ボウイが影響を受けたクラフトワークのフローリアン・シュナイダーに捧げたインストナンバーで、テクノ前夜を感じさせるサウンド。
Vol.23 Stop Making Sense Talking Heads 1984
絶頂期の自信と勢いが
みなぎった、ファンキー大宴会。
ストップ・メイキング・センス /トーキング・ヘッズ
トーキング・ヘッズの代表作といえば、『リメイン・イン・ライト』(全米19位)だ。ロックの名盤でもある。でも、個人的な意見でいうと、あれはヘッズのディスコグラフィーの中でも異色作だと思う。
カッコいい部分もあるのだが、はじめてヘッズを聴く人におススメの作品かというと少し躊躇する。その点、『ストップ・メイキング・センス』は入門盤にうってつけだ。
ライブ盤ではあるが、主な代表曲は入っているし、この時期のヘッズは『リメイン・イン・ライト』での経験が上手く昇華され、バンドはピークを迎えており、その勢いと自信がパフォーマンスにみなぎっている。
『ストップ・メイキング・センス』は、ヘッズのライブドキュメンタリー映画『ストップ・メイキング・センス』のサウンドトラックでもある。この映画は、83年のツアーを撮影したもので、監督は後に『羊たちの沈黙』で名を馳せることになるジョナサン・デミである。
映画『ストップ・メイキング・センス』は、素晴らしい音楽映画で、日本で公開された時も結構話題になった気がする。僕もその評価につられて渋谷パルコで観たのだが、噂に違わず感動したものであった。
ヘッズのパフォーマンスはもちろん、舞台演出はアートスクール出身のバンドらしく斬新であったし、それらをカッコよく映した撮影もよかった。だからできれば映像で観てほしい。(YouTubeで観られる)。
もちろん、音だけでも十分素晴らしい。ここでのヘッズはファンクバンドである。ヘッズの面白さは、ポストパンクのバンドらしい実験精神と、ファンクやソウルをこねくりまわして作った、ぎくしゃくした先鋭的サウンドだ。
ところが、この時期のライブでは、バンドメンバー以外に『リメイン・イン・ライト』にも参加したメンバーが参加、しかもすべて黒人ミュージシャンで9名編成という大所帯となった。
おかげで、ぎくしゃくした部分が後退したものの、グルーブは強まった。ロック、エレクトロポップ、ソウルといったタイプの曲が繰り広げられるわけだが、いずれもファンキーでダイナミックだ。
デヴィッド・バーンが一人ギター(とラジカセ)で「Psycho Killer」を歌うというミニマルな出だしだが、曲が進むごとにメンバーが加わり、熱量もぐんぐん上昇する。
1983年のヒットアルバム『スピーキング・イン・タングス』(全米15位)からの大ヒットシングル「Burning down the house」(全米9位)あたりで、テンションは一気呵成に増幅されファンキー度がアップ。『リメイン・イン・ライト』からのシングル「Once in a lifetime」、「Crosseyed and painless」も、スタジオ盤より迫力がある。
映画が高評価だったわりには、アルバムは全米41位と振るわなかったが、これもヘッズの代表作であり、80年代アメリカンロックの屈指のアルバムと言っていい。現行のCDは完全版で全16曲(オリジナルは全9曲)なので、完全版がおススメ。
♪好きな曲
Take Me To The River
78年発表の2ndアルバムからのヒットシングルで、アル・グリーンのソウル名曲のカバー。ライブの方がテンポも速くファンキー。
Girlfriend Is Better
バーンが大きなスーツを着て変なダンスを踊る、日本のCMでも使用された、ファンキーなエレクトロポップ。
What a Day That Was
バーンとブライアン・イーノのコラボアルバム収録の曲。グルーブが増幅している。
Vol.22 Gonna Take A Miracle Laura Nyro and LABELLE 1971
甘美でエモーショナル、歌う歓びに
あふれた珠玉のソウルカバー集。
ゴナ・テイク・ア・ミラクル/ローラ・ニーロ&ラベル
自作曲で勝負するシンガーソングライターが、シンガーに徹した全曲カバーのアルバムが一番なんて、失礼な気もするが、ローラ・ニーロのファンであればあるほど、このアルバムが一番好きなのではないかと密かに思っている。
なにしろ、すべてが素晴らしい。ローラの歌声は甘美でエモーショナル。サウンドもロマンティックだ。全米46位、シングルも103位とチャートこそ、いまひとつ振るわなかったが、長く愛さずにはいられない気を起こさせる。
ローラは、キャロル・キング、ジョニ・ミッチェルと同時代に活躍した女性シンガーソングライターである。1967年、19歳でデビュー。早熟の天才肌ではあるが、他の二人に比べると、誰もが知っている有名曲、ヒットアルバムがないために、一般的には知名度は低い。
とは言え、68年から70年初期にかけて、彼女の曲はフィフス・ディメンションやブラッド・スエット&ティアーズといった当時の人気アーティストに数多く取り上げられた。大ヒットしたものもあり、ソングライターとしての活躍は申し分ない。
このアルバムでカバーされた曲は、今から見れば、ソウルの名曲ばかり。ローラが少女時代、ブロンクスやマンハッタンのストリートで友人たちと歌っていた、お気に入りの曲も入っているようだ。
「その部屋にピアノが置いてあったとしたら、わたしはピアノの前に座り、あのアルバムに収められている曲を歌いだすと思う。それくらい好きな曲ばかりなの」と『ゴナ・テイク・ミラクル』について聞かれたインタビューで語っていたくらいだ。そのせいか、歌の録音はすべてワンテイクでOKだった。
冒頭の軽快なアカペラから、甘美なバラード「The Bells」へのくだりで心をつかまれ、いつのまにか引き寄せられてしまう。バラード、アップテンポのナンバー、アカペラがほどよく散りばめられており、楽しく穏やかな聴き心地のするアルバムだ。
そうした雰囲気は、プロデューサーのケニー・ギャンブルとレオン・ハフ、アレンジャーのトム・ベルによるものが大きい。彼らは数年後に、スイートなソウルがトレードマークの洗練されたフィリー・サウンド(フィラデルフィア・ソウル)のムーブメントを作るチームである。
ところで、このアルバムはローラ単独ではなく、ラベルと共同になっている。ラベルは、60年代から人気のガールズグループである。彼女たちの時に力強く、時にエレガントなコーラスがローラの声に寄り添い、サウンドを決定づけている。
きっとローラは自分ひとりではなく、ラベルと一緒に歌うことで、ローラ&ラベルというガールズグループのつもりで歌い楽しんだのではないかと思う。少女の頃に戻ったような気持ちで、大好きな歌を、大好きな仲間たちと歌うことができた。『ゴナ・テイク・ミラクル』は、そんな歓びがいっぱいにつまっている名盤だ。
♪好きな曲
The Bells
オリジナルズが70年にヒットさせた美しいバラード。作者の1人がマービン・ゲイ。ローラは表現豊かに歌う。
Jimmy Mack
マーサ&ヴァンデラスの67年のヒット曲。軽快に弾むローラの歌声とピアノに思わず手拍子をしたくなる。
It’s Gonna Take A Miracle
ロイヤレッツ、1965年のヒット曲。歌われるのは別れた恋人への未練と恨みだが、そうは思えないほど、ロマンティックな雰囲気。
Vol.21 Nothing Like The Sun Sting 1987
シリアスな歌詞だが、ジャズやラテン音楽なども
取り込んだサウンドはエレガント。
ナッシング・ライク・ザ・サン/スティング
ジャズやワールドミュージックのテイストを巧みに取り込み、コンテンポラリーなロックに仕上げたソロ2作目。全英1位、全米9位、驚くことに日本でもオリコン1位を獲得した。
‘84年、ポリスが活動を休止する。しかしスティングは早くも翌年にソロ1作目『ブルータートルの夢』をリリース。アルバムは、ポリスのポの字も感じさせないものであったが、全米2位、全英3位と大ヒット。シングル「セット・ゼム・フリー」も全米3位となった。
その成功に確信を持ったのだろう。ソロ2作目の今作も1作目と同じ路線。前作は若手のジャズミュージシャンを起用したバンドスタイルで臨んだわけだが、2作目は、前作より多彩な楽曲が揃ったこともあって、ゲストミュージシャンを多数擁してのサウンドとなった。主だったところでは、エリック・クラプトン、マーク・ノップラ‐、アンディ・サマーズが参加している。
といっても、核になるのは前作にも参加した、ブランフォード・マルサリス、ケニー・カークランド。それにマヌ・カッチェ、ミノ・シネリ。前作ではベースをギターに持ち替えたスティングは、今作ではベースを弾いている、カッチェはピーター・ゲイブリエルのバンドで注目されたドラマーで、シネリはマイルス・デイビスのバンドにも参加したパーカッショニスト。
アルバムの雰囲気は開放的だが、冬や晩秋の朝の空気のような、ひんやりとした清々しさが通底している。楽曲のタイプは様々だが、派手さや大げさなとこはなく、引き締まった感がある。スティングらしい陰りのあるメロディは健在で、レゲエ、ボサノバ、ジャズからの影響を感じさせる。
内省的、社会性のある歌詞が目立つが、サウンドは端正で抑えられたトーンもあって、印象はエレガント。また、カッチェのキレのあるドラム、ミノのパーカッションのおかげで、躍動感や色彩感はくっきりしている。ブランフォードのサックスも前作以上にサウンドのテクスチャーを決定づけ、エレガントな雰囲気にひと役買っている。
前作のように、大きなシングルヒットはなかったが、楽曲の充実度ではこちらの方が優れていると思う。個人的にも2作目の方が好み。
日本のCMでも使われた「Englishman In New York」や「We’ll Be Together」といった人気曲をはじめ、人権について歌った、美しいメロディの「They Dance Alone」、ジミ・ヘンドリックスのカバーで、スケール感のある「Litle Wing」など聴きどころが多い。
しかし、この路線は今作で終わる。次作『ソウル・ケージ』はロック色の強い、渋いアルバムとなった。個人的にはここまでくらいが一番良かったと思う。近年はクラシックへ接近しているが、もともとジャズの素養のある人なので、新進気鋭のジャズミュージシャンとのコラボなどやってほしいなと思っている。
♪好きな曲
The Lazarus Heart
浮遊感のあるリズムとサックスが気持ちイイ。南米を思わせる開放的なメロディの明るい曲。
They Dance Alone(Gueca Solo)
チリの独裁政権による投獄や拷問への批判が歌われるが、哀しみ一辺倒でなく、終盤の軽快なサンバ調の展開に希望を感じる。
Little Wing
巨匠ギル・エバンズのジャズ・オーケストラを迎えての演奏。多くのカバーがあるが、割と名演が多い印象で、このカバーもカッコいい。